昨夜は仕事を終えたあとピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎を聴きに東京文化会館へ。
彼らのコンサートには幾度と足を運んでいるが、(もちろん常に変化しているものだけれど)僕が彼らの音楽に対する素晴らしさ、もしくはある種の心地よさを感じるポイントは変わらない。そして、それが昨夜も変わらず存在し、すっと僕の心に届いていたことに嬉しさを覚えた。
「自然でいること」
全てが自然発生的に(音楽がそもそも作られているものであっても)、風が吹いては葉先が揺れ森がささやき、雲が集まっては雨が降って時には雷が、霧のごとく輪郭が曖昧で、暑くなり寒くなり…そう、どれ1つとして人工的な、無理矢理な誇張、不自然な主張は存在せず、自然の行い、自然の営みが彼らの音楽に感じる。僕は、ね。
だからこそ僕自身も自然体で彼らの音楽を受け入れられているのかもしれない。
「自然であること」
これは彼らの呼吸であり、声であること。一晩たった今でも、ピアノデュオ瀬尾久仁&加藤真一郎の繊細な「声」が聴こえる。
僕に、この世の中に、煌めく音楽の雫を与えてくれたことに心から感謝したい。
--